スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--:-- | スポンサー広告 | edit | page top↑

超ローカルな寺社巡り

陸前高田のUさん、昨日は塾の国語の先生で、高校生に古文・漢文の手ほどきなさったそうです。

今回、神社仏閣巡りをしたいともおしゃっていたので、マイナーというか超ローカルな寺社にご案内。

16日、午前中、豪徳寺界隈の神社仏閣巡りを、赤堤生涯学習センターの会員のボランティアさんの案内で行きました。
地元に住んでいながら、足を踏み入れたことのないお寺、勝光院が吉良家の菩提寺だったり、豪徳寺を取り囲む烏山川(今は暗渠)が堀の役目をしていたなんて、知らないことばかりでした。
世田谷八幡も源義家が「後三年の役」の帰途、開いたとか。11世紀からの歴史があるといいます。

招き猫発祥はここ、豪徳寺だった
Uさんは招き猫の由来が豪徳寺にあることを知って、びっくり。
井伊直弼が14代で、2代目の井伊直孝が鷹狩りのとき、雷雨に会い、猫が招くのに導かれて行ったところ、落雷にあわず、命拾いをしたことで、お猫様を祀ることにし、ここを菩提寺と決めたのです。
一般的には右手を上げて、左手には小判を抱えているのが、商売繁盛。左を上げているのが、人を招くとされているようですが、井伊家は武士なので、左は不浄だからと、右手を上げて、物、金よりも人や、福を招きたいということらしく、左には小判がありません。
ちいさな猫の置物を塾に子どもと共に福も来るようにと、Uさんにプレゼントしました。

近くの城山城址公園(世田谷吉良家居城)を通り、烏山川を歩き、ラストの松陰神社に到着。
長州藩毛利家の別邸だったところに、安政の大獄で獄死した吉田松陰を高杉晋作らが、小塚原から、ここに移して、埋葬した模様は司馬遼太郎で、読んだ記憶があります。直弼、松陰の仇敵が目と鼻の先に眠っているのです。

今日も暑さは、猛暑、酷暑。水分補給しながら、てくてく歩きました。

Uさん、東京の暑さは、キツ~い!と玉の汗で、昼近くには、とろけそうになっていました。
ラストの松陰神社

お昼を食べて、解散。Uさんは三軒茶屋から半蔵門線で、表参道乗り換え、銀座線で上野にたどり着いたと思います。午後は西洋美術館のギリシャ展。
そして浅草のお友達と会い、そちらに泊ってくるそうです。

昨日も今日も、お勉強の1日でした。



20:15 | その他 | edit | page top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。